ウィーンは地理的にはハンガリー、チェコ、スロバキアからも中心に位置し、ハプスブルク王朝の
領土そのものを指して中欧でありウィーンは中欧の首都の機能をもっていた。第二次世界大戦後、
これらの地域の多くはソ連圏に入り、東欧と呼ばれてきたので、この当時は中欧の概念は忘れられ
たかに見えるほどだったが、1989年から1991年にかけての東欧革命による共産党政権の崩壊
による民主化によって中欧は再び蘇った。ベルリンの壁崩壊後はロシアの影響力が後退して西欧
の影響力が復活し、2004年には中欧地域がすべてヨーロツパ連合に加盟するに至った。

ウイーン  ウイーン美術館   ザルッブルク  グラーツ  オーストリア  プラハ 

チエコ
 チエコ・ギャラリー  ブラチスラヴァ  スロバキア   ハンガリー  ブダペスト

2003年(平成15年)9月12日(金)〜9月21日(日) 10日間

地域別にクリックすると写真が出ます。

中欧に650年間ハブスブルク家の帝国として君臨し、第一次世界大戦まではイギリス、ドイツ、
フランス、ロシア、
とならぶ欧州五大国(列強)の一角を占めていた。1918年、第一次世界大戦
の敗戦と革命により1867年より続いたオーストリア=ハンガリー帝国が解体し、共和制となった。
この時点で多民族国家だった旧帝国のうち、支配民族のドイツ人地域に版図が絞られた。その後
も1938年にナチス・ドイツに併合され、1945年から1955年には連合軍による分割占領の時代を経
た。1955年の独立により現在につづく体制となった。

オーストリア/ チエコ /スロバキア/ ハンガリー

中欧ヨーロッパ

音楽の都ウィーンの文化と、チロル・アルプスの大自然、サウンド・オブ・ミュージックの世界が
広がるザルツカンマーグート、小さな国の中に、見どころがぎっしりと詰まっているオーストリア
。ハプスブルク家が残したのは歴史的な遺産だけでなく、その領土であった中央ヨーロッパの
国々からもたらされた文化や料理などの影響も今のオーストリアには残っている。何度行って
も、飽きることのない、奥の深い魅力がある国である。
音楽家たちに愛された薫り高き芸術の都、ウィーン。
この町の歴史は、神聖ローマ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国の支配者となったハプスブ
ルク家と重なり合う。ハプスブルク家が絶大な権力を握った時代、「音楽の都」とも呼ばれた
ウィーンでは、モーツァールト、ハイドン、ベートーヴェンらが活躍した。しかし、ウィーンが真に
芸術の都たる底力を見せつけたのは、19世紀の末である。ハプスブルク家の時代は遠くに去
り、政治的にも混乱していたこの時期に、退廃的ともいえる世紀末芸術が華開く。絵画ではク
リムトやシーレ、音楽ではシェーンベルクらがいる。そして、現在目にできる名建築の大部分も
また、この時代に造られたものだ。
チエコは4世紀に神聖ローマ帝国の首都として栄えたプラハをはじめ、悠久のときを感じさせる
町が多いチェコ。世界遺産の町だけでなく、カルロヴィ・ヴァリなどの温泉保養地や、ビール造
りが盛んな町にも足を運びたい。また文化面では人形劇や、アニメーションも最近日本で注目
を集めている。
時を越えた建築博物館の町プラハ
ひとけのないプラハの路地裏を歩いていると、ふと自分がいつの時代に生きているのかわか
らなくなってしまいそうになる。狭い石畳の通りにはさまざまな時代の建物が建ち並び、長い
年月を経た教会や広場がそこかしこにたたずんでいる。 そんなプラハの概略をつかむには、
市街の西にあるペトシーンの丘に登るのが一番だ。雄大に流れるヴルタヴァ川の両岸に広が
る中世そのままの町並みのなかに塔が林立する様は、「百塔の町」の名にふさわしい。 ロマ
ネスク、ゴシック、ルネッサンス、バロック、アールヌーヴォーなど中世以来のあらゆる建築様
式を見ることができるプラハ。ヨーロッパで最も中世の雰囲気が感じられるこの町を、足の向
くままに歩いてみたい
ヨーロッパ諸国の中で唯一アジア系民族の国ハンガリー。
ラテン系やスラブ系の国に囲まれ、ヨーロッパに投げられたアジアの石といわれる彼らは、
ウラル山脈の東方から移動してきたマジャル民族をその祖先とする。現在では混血が進み、
その容貌からアジアを連想することは難しいが、名字が名前の前にきたり、赤ちゃんのお尻
には蒙古斑があったりと日本人との共通点も多い。そのせいか概して日本人には好意的だ
。ヨーロッパでありながら、アジア的な大地の香りがするハンガリーは、ほかのヨーロッパ諸
国にはない不思議な包容力を持っている。プスタと呼ばれる大平原、情熱的な民族舞踊、
パプリカを使うスパイシーな料理、そしてドナウ川の自然といった独自の魅力に加え、ルイ
14世を唸らせた極上のワイン、全国に湧き出る薬効あらたかな温泉、成熟した文化を堪能
できる音楽会といった多彩な魅力に惹かれ、この国を訪れる人々は後を絶たない。
端正な街並みに彩られたブダペスト
「ドナウのバラ」と称されるこの町はもともとふたつの異なる町だった。政治的中心地のブダ
、商業地として発展した平坦な土地のペスト。そしてその間にはドナウ川がゆっくりと流れて
いる。
スロヴァキアの国土は北海道の5分の3程度という中欧の小国。10〜20世紀までハンガリ
ー王国の一部として、16〜19世紀にはブラチスラヴァがハンガリーの首都だった歴史がある。
国土のほとんどが山岳地帯からなり、周辺国のリゾート地として人気。昔のヨーロッパらしさが
見られる町も多いので、のんびり地方へ足を延ばしたい。
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